*不思議体験シリーズ~京都編⑨~*

現在に至るまでを細かく書いたシリーズもの。

不思議体験やいかに!
(京都編)

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今思えば

銀色の御狐様の

“身体半分もらうぞ”を

断ったから

代償になってしまったのかと、つい考えてしまいます。

違うでしょうけどね(^-^)

※今回は、ちょいと暗いので、暗いの嫌い!と、気分を害する恐れがあるかた。
また、妊婦さんは、ページを閉じてくださいね。

* 生きる *

2014年10月上旬に
御狐様の夢を観て、断り

10月末。

私は妊娠していました。

息子の下には、もう1人

子がいたのです。

妊娠6週目に発覚。

ですが

喜んだのも束の間で

その週末には
予期していなかった事故に遭い

命は天に還り

大切な子も、愛した人も、一緒に生きる日を迎えることは、無くなりました。

新しい職場に就いたばかりな上に、既に今の役職にいた私は

退院して1週間近くは、酷く鬱ぎこみましたが

母と、息子を養うと決めたのは私だし

スタッフも護っていかなくてはならない。

泣いてる暇なんて、どこにもなく、仕事に専念していました。

(…生きなきゃ)

それでも

誕生日間近の、普通の26歳。

黙って”痛みを受け入れ”

日々を過ごし

心身の痛みが和らぐことを、待つしかないとはいえ

黙って受け入れようにも
怒りと哀しさと寂しさで、感情も能力も、コントロール不能。

霊力は日々、強くなっている実感はあって

感情のブレによる、周りへの迷惑の掛かり具合は

凄かったです。

私が近づくと
会社の機械という機械の電源が勝手に落ちて起動しなくなり、修理行き。

会社の電話機は、やむ無く入れ替わり

鉄筋コンクリで造られた、マンションの自宅は、ラップ音が鳴りまくる。

思春期並みか、それ以上の感情の波が

静かだった環境を、一気に騒々しくさせました。

愛美
「そう言えば、私って、感情を出しすぎるとアカンのやっけ(ダメだっけ)」

母に呟くと


「あんたは、周りを圧迫する存在にもなるやろ。
思春期の頃も、家の中、敷地内、おかしかったやないの」

そう言われました。

愛美
「…せやったな。これも受け入れる強さがないとな。無いものは無い。それでも、生きる…」

生きるとはなにか。

命とはなにか。

これまで以上に、深く考えた時期でした。

ここから、半年近くは感情が荒れていましたし、母も息子も大変だったと思います。

やっぱり今でも思い出すと、感情が荒れて、大変ですしね。

そして。

感情の起伏が治まり始めた

約半年後の
27歳を迎えた、2015年5月。
(2015年3月には、現在の彼氏と、友人として再会しています)

花屋が1年で最も忙しい日。

“母の日”

奈良の店舗と、京都の店舗を往き来していて

母の日を迎えるにあたり

奈良のビジネスホテルに

1人、宿泊していました。

母の日、前日の20時。

お店は21時まで、開いているため、仕事の真っ只中でした。

慌ただしい状況で
母からの着信に気がつき、電話をとると

息子の泣き叫ぶ声が聴こえたのです。

お母さん?と呼び掛けても
母からの反応はなく

暫く耳を澄ませていると

小さく苦しそうな声で
「あぃ……あい」と私の名を母が呼んでいることに、気がつきました。

母が倒れたのだと分かり
一瞬で冷や汗が流れ

必死で電話越しの母に、話しかけるも、返ってくる声は弱々しく

母の声の向こう側では、息子が変わらず、大声で泣いていました。

息子も、心臓が悪い母の命の危険を、察知していたんだと思います。

ましてや5歳です。
不安しか無かったに違いありません。

幸い

私に電話する前に
自力で救急車をよんでいた母は

通話中に総合病院に運ばれ

一命をとりとめました。

奈良にいた私は、店のスタッフを集め事情を説明した後

急いでビジネスホテルに戻り、荷物を引っ付かんで

京都駅行きの快速電車に駆け込みました。

総合病院に着いたのは
電車に乗ってから、約2時間後。

生きた心地は、しなかったです。

慌てて入った
病室では息子の安心して笑った顔と

しんどいながらも、会話ができる母に会えました。

自宅療養を余儀なくされたため

公休と有給を使って、約1週間半くらい母に付き添い過ごしました。

それから更に
5ヶ月後の2015年10月。

息子が高熱を出したのです。

40℃くらいの熱が、数日経っても下がらず、病院に連れていくと

“川崎病”の診断が。

今度は息子が1ヶ月の入院。

この病気は冠動脈の病気で、
血管に瘤ができやすくなる後遺症もあります。

まさか、親子で同じ病気になるとは思いもよらず

後遺症が残らないか、心配は募るばかり。

病院に、母と交代で寝泊まりをして、息子の看病に中るなか

私はどこか

心に引っ掛かりを感じていました。

愛美
「母さん、、この1年。
まるで、ええこと無いなぁ。
病気や事故が続くって、厄年でもないのに、多くない?」


「確かに。今まで色んなことがあったけど、ここまで、病気や何やら続くことは無かったなぁ」

愛美
「最近は行けてへんかったし、都合つけて1回、九頭龍さんに、お詣りしてこよかな」


「それも、有りかもしれへんね」

息子の病気の症状が軽くなった時期を見て

私は何度目かわからない、九頭龍大社へ、参拝に行きました。

この時の参拝で、良きご縁を頂くことになります。

続く!

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*全部が合致して腑に落ちた日*で

レイヤさんから貰った

ミカエルと、紫龍様からのメッセージは

幼少から、この時までの、私に対するものだと思っています。

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