不思議体験シリーズ2 京都編20

還ってきました!不思議体験シリーズ!!

2016年から現在まで。

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2017年5月7日。
シリーズ番外編にも登場していた、大叔母が天に召されました。

4月の上旬に、余命3ヶ月の診断をうけ
わずか1ヶ月半にも満たない日に、眠るように亡くなりました。

幼少期から育て方を間違えれば、人を殺しそうな眼をしていた私を
血の繋がりは無くとも、随分と気にかけてくれていた大叔母。

私が最期にあったのは2年半も前で、仕事詰めで会う時間も作れず
余命を聞いてからは、大叔母が余命よりも早く亡くなることを予知していたので
なんとか日を空けようとしていながらも
大叔母の度重なる容体急変や、自宅介護の準備などでタイミングが合わず
生前の顔を見られないまま…。

大叔母も尼や山伏修行をした人で、私の力を善い方へと使いなさいと教えてくた

そんな大叔母の戒名は、「水」と「龍」を思わせるものでした。

 

亡くなり、自宅にて枕飾りが終わって安置されている間も
通夜と葬儀の間も、霊体となった大叔母は私と話をしていました。

親戚の中で霊能力を持っているのは、私だけということを知っていた大叔母から
みんなに伝えてと預かった言葉は

「おばちゃんの事は、さっさと忘れて、皆なるべく早くいつも通りの生活に戻ること!」

どんな時も笑っていた大叔母らしい言葉で、私は、その言葉に従うと決めたのです。
忘れることはないですが、メソメソといつまでも泣くことはしないと約束しました。

 

 

葬儀が終わってすぐの
2017年5月10日。
御寺 泉涌寺。

 

1242年に四条天皇が この場所に葬られてから
歴代天皇の山陵が営まれるようになり
皇室の菩提所として篤い信仰を集めています。

また、律を中心として天台、真言、禅、浄土の四宗兼学の道場としても栄えました。

 

大門を抜けたところで、受付を済ませ目指すは

『月輪陵-つきのわのみささぎ-』

ですが、その前に一巡するため仏殿の前を通りました。

仏殿の天井には狩野探幽筆の蟠龍図「鳴龍」が描かれています。

 

 

仏殿の前を通り過ぎ舎利殿の前に立つと
普段は閉じられているはずの、舎利殿の扉が開いていました。

 

恵信
「ここ、いつも閉まってるのに…なんでやろ」

 

中からは10人近くの僧侶様が出てこられ
それを見た、私たちの近くにいたカップルが
同じ疑問を舎利殿から出てきた僧侶様に尋ねられました。

 

泉涌寺僧侶様
「今日はね、朝早くから法要があったんです。
普段は閉まっていて御開帳は17年に1度だけなんです」

 

最後に出てきたかたが、答えて下さり大転読会のお話もしてくださいました。
※転読とはこちら

 

恵信
「17年に1度って…今日は運がええなぁ」

 

話を聞き終え、当初の目的を思い出し
泉涌寺の東側に位置する霊明殿の前を横切り、細い道を歩きます。

 

1~2分ほど歩くと、正面に月輪陵の門が見え
宮内庁からの御触れと、月輪陵に眠る天皇家の人々の名前が掲げられているのですが…。

尊蓮女王の両親であった、後陽成天皇(灰塚)と藤原前子様の名前があります。

 

恵信
「名前が…御二方ともある。入ってみよう」

 

門をくぐり、手水舎で手を清め陵の真正面に立ちました。

 

恵信
(温かい。ここだけ気温が全く違う。…すごい見られてる。でも怖くない)

 

仏殿や舎利殿はヒンヤリと肌寒く感じたのに、陵は2℃~3℃ほど体感温度が違いました。
その温かさは、まるで母が子を抱くような感覚で、遠くから感じる視線も温かなもの。

 

恵信
(後陽成天皇様、前子様。尊蓮女王の生まれ変わりらしい、恵信です)

 

手を合わせ、心の中で挨拶をすると、ふわり 優しい風に頬を一撫でられました。

 

恵信
(…頬撫でられたな)

 

暫く佇んで、温かさを体いっぱい受取り月輪陵から離れて
泉涌寺の境内、塔頭を細かく巡り

とある塔頭の一角では、見つけてはいけないものを見つけ
別の塔頭では、観音様に呼ばれるなど新たな発見がありました。

1番最後に雲龍院でお庭を眺めて、無事に帰宅。

 

 

探訪はまだまだ始まったばかり。
※現在は、このW氏とは縁が切れています。

 

→続く!

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